2024年4月以来、驚きの代表復帰を決断した吉川智貴の思い
ブラジル戦に臨むフットサル日本代表メンバーが発表された時、思わず目を疑った。今シーズン限りで現役引退を表明したばかりのFP吉川智貴の名前があったからだ。
真っ先に浮かんだのは『ああ、フットサルはまだアマチュアスポーツなんだ』というガッカリした思いだった(※1)。長年、日本代表の功労者として活躍してきた選手に対して、国内のブラジル戦という花道を用意したのかと。前回のアジアカップで史上初のグループステージ敗退という結果になり、フットサルW杯にも出場できなかった。国内で代表が試合をするのも2年ぶり。そこに若手ではなく、ユニフォームを脱ぐ決意をしている選手を呼ぶのか……と、腑に落ちなかった。
モヤモヤした気持ちでいたが、不自然だなという思いもあった。日本代表のためなら自分を犠牲にすることを厭わない吉川智貴が、はたして自分の花道だと言われて代表の招集に応じるだろうか。昨年のアジアカップで敗退した直後には、「もう自分には代表のユニフォームを着る資格はないと思っている」と口にした男が、引退を発表したあとというタイミングで、なぜ再び青い日の丸の付いたユニフォームに袖を通すことを決めたのか。
様々なシナリオを考えたなかで納得のできる答えは一つだけだった。吉川が現役のうちに行われる来年1月のアジアカップにも出場する決断をしたのではないか、というものだ。
高橋健介監督は、先の合宿でFPオリベイラ・アルトゥールを招集した。しかし、最終的にはコンディション不良のため彼を外し、代表チームにトレーニングパートナーとして帯同していたFP伊集龍二をアジアカップ予選へ連れて行った。そこであらためて日本のフィクソ不足を感じ、吉川に代表復帰を要請したのではないか。そして吉川はそれに応える形で、今回のチームに加わったのではないかというのが、想像できた結論だった。
はっきりさせるためには、本人に聞くしかない。タイで行われた昨年のアジアカップ、1-1で引き分けたタジキスタン戦以来の国際Aマッチとなるブラジル代表戦の前日練習後、36歳のチーム最年長アラを直撃した。
以下、吉川智貴選手との一問一答
――正直、吉川選手の代表復帰には否定的な気持ちです。ただ、ここであらためて代表のウェアを着ている吉川選手の姿を見て感慨深くなったことも告白しておきますが、吉川選手はあらためて、どんな思いで日本代表のユニフォームを着ようという決断をされたのですか?
吉川 どういう思い?
――はい。W杯予選で2度目の敗退した際には「オレはもう代表に選ばれる資格はない」ということを言っていましたよね?
吉川 はい。
――そんな吉川選手であれば、当然、日本代表の今後も考え、若手にこの場を経験させる重要性も意識しただろうと思ったんです。
吉川 はい。
――ただ、それでもここに来ました。最終的にもう一度日の丸を背負う決断の背景には、何があったんですか?
吉川 いや、今、言われたことすべてですし、本当にもうここにいる資格がないとずっと思っていましたし、今も本当に思っています。実際にここにはいるけれど、本当にいていいのか、自分でもわかっていない。だから、これがここにきているのかが正解かもわからない状態で来ています。若手のことも、もちろん考えましたし、そのことも監督には伝えました。次のW杯っていうのは、絶対に(自分の出場は)ないし。「例え今回のアジア選手権が自分のいるシーズン中にあるとはいえ、そこから先、自分はもういないのでW杯を見据えるのなら(自分を呼ぶべきではない)」っていう話もしました。
最初に健介さんと話す機会もあったのですが、そこの時点では正直「厳しいです」っていう話ももちろんしました。そんななかで、いろいろ健介さんの思いも聞いてとか。だいぶ健介さんとも話をしましたし、自分を必要としてくれるその思いであったり、自分が何で必要なのかっていう話をされたうえで…、そうやって話をしていくうちに、だんだん『どうかな』という感じで気持ちが揺らいでいった感じはありますね。
――固い決意が解けていったわけですね。
吉川 まあまあそうですね。でも実際にここにいますけれど、さっき言った通り、本当にこれが正解かどうかは自分自身もわかってないです。だけど、そういう(批判の)声もあるでしょうし、そういうのも別に全然理解します。別にいろいろ言われることに何も思わないですし、ここに来るにあたってそういう覚悟はしてきましたし、すべてにおいて(代表に)来るからには覚悟してきたっていう感じです。
――今回の招集に応じてということはアジアカップに向けての強化に加わるということですが、仮に招集されればアジアカップまでは戦う決意はした?
吉川 そこも健介さんとは話しているんですけど、「もちろんこの段階で(代表に)戻すっていうことは、メンバーに入るかどうかはわからないけれど、リストに挙がってくる一員ではある」とは言われています。そこは正直、その時の自分のコンディション、チームの状態含めて、「もし呼ばれることになったら、その時に判断させてください」っていう話はしています。今の段階で別に前向きか、後ろ向きかといわれると、ちょっと前向きには考えていますけど、別に答えが出ているわけではないかなというところです。
――その時にならないと出せない答えでもありますからね。アスリートとして今まで通りというか、引退を発表する前と同じ立場ということですね。
吉川 そうですね、はい。ただ、もう自分で本当にコンディションが悪いなと思ったら、絶対に(行くことは)ないですし、健介さんに逆に自分から言ったのは、「自分のプレーがちょっとでもダメだと思ったら、そういう(外す)決断をしてください」と伝えています。別に100%そこを目指しますというのは、現段階では正直、言えません。
――必要とされて、自分でも行けると思えたら招集に応じるという感じですね。
吉川 まあまあ、そういう感じです。
――アジアカップを3か月後に控え、そんなに代表の活動がないこのタイミングでの招集。前回アルトゥールが予選に行けなくなって、日本のフィクソに不安があるという監督の明確なメッセージ、ある意味では日本の緊急事態でもあると想像しました。そこでFリーグ杯で名古屋を優勝に導くパフォーマンスを見せてMVPも獲得した選手を呼ぶことについて、実力面で異論がある人は少ないはずです。アジアカップに向かうチームにどう溶け込むかはすごく大事かなと思いますが、何をチームで出していきたいと思っていますか? 残りの時間が短いから伝えてほしいことも多いかと思いますが、一方で吉川選手のことを知らない選手はいないじゃないかという点もあります。
吉川 今までやってきたことと別に変わらないのが正直なところです。もちろん何か残せるものがあるなら……残せるものというか、みんなが感じて残したほうがいいなと思ったものは残してもらえばいいですしっていうスタイル、スタンスなので僕は。
――名古屋オーシャンズでの引退会見でも同じことを言っていましたね。必要だと思ったら、それを取り入れてくれればいいし、そうじゃなければマネしなくていいと。
吉川 そうですね。それはここでも一緒なので。別に何かを残そうと思って来ているわけでもないですし、ここは勝たなければいけないので。それは名古屋も一緒ですけど、勝たなければいけない場所なので。その勝つために必要とされて呼ばれていると思うので、自分は自分のプレーをするだけです。逆にこうやって久しぶりに呼ばれて、今、中心はどんどん若い選手たちになっている。それが変わってはいけません。そこで足りないところを自分が補うことが必要になってくると思います。なので、別に「これが」っていうのは、本当にないですね。
――久しぶりの代表で変化を感じたところはありますか?
吉川 変化…いや、別にメンバー自体がめちゃくちゃ変わっているわけでもないですし、変化はそんな特にないのかなと思います。やり方もめちゃくちゃは変わっていないと思います。前の代表チームから、そこからのプラスアルファはもちろんたくさんあるので、自分はそこに順応していかないといけません。明日、試合なのでもう時間はないんですけど(笑)。そこは合わせていかないといけないというところですね。
――わかりました。吉川選手が代表のキャリアを笑顔で終えられる可能性が出てきたということで、まず明日、そして明後日、活躍を楽しみに来るファンも多いと思うので良いパフォーマンスが出せるように頑張ってください。
吉川 ありがとうございます。
高橋監督からの強い要望、いかに日本代表に必要かを説得されたことで、吉川は残り半年を切っているキャリアの最後まで、日の丸を背負い続ける可能性が出てきた。この日も最後まで自分の体と向き合い、誰もいなくなったサブアリーナでクールダウンをしていたベテランの覚悟は、想像を絶するものがある。その覚悟が3か月後のアジアカップで良い形で実ることを切に願う。
(※1)余談だが「アマチュアだ」と感じた自分の感覚が正しいかを確認するため、複数のサッカー関係者に「現役引退を発表して次のW杯でプレーすることはないと明言している選手を代表に招集するのは、サッカーではあり得ますか?」と聞いたら、7人中5人が「別にあるんじゃない?」「そんなにおかしいことでもない」と言っていたので、この「アマチュアだ」という感覚がズレているのかもしれません。
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