浦安退団が発表されたFP本石猛裕とGKピレス・イゴール、2人が愛するクラブを離れた理由

 第31回全日本フットサル選手権の決勝が3月22日に行われ、ペスカドーラ町田がバルドラール浦安をPK戦の末に4−3で破って10年ぶり3度目の優勝を果たした。この試合をもって2025−26シーズンは終了し、選手達は短いオフに入っている。

 全日本フットサル選手権は14日と15日に1回戦、2回戦を行い、20日から22日の3日間で準々決勝から決勝までを行った。試合の間となった19日、浦安は2025−26シーズンの退団選手を発表した。そこにはGKピレス・イゴール、FPロビーニョ、FP本石猛裕の3選手の名前とコメントがあり、大きな衝撃を与えた。

 2024−25シーズンにFリーグ初優勝を果たした浦安だったが、小宮山友祐監督が退任し、キャプテンの石田健太郎もさらなる成長を求めて、プロクラブである名古屋オーシャンズの門を叩いた。そして1シーズン後、石田の後を継いでキャプテンを務めた本石が退団することとなり、昨季15年ぶりにFリーグのMVPに輝いたイゴールも、クラブを去ることとなった。

 全日本フットサル選手権でも、バリバリの主力だった両選手の退団について、茨木司朗監督は「戦力的には、マジで痛いです」とそのダメージを認める。当然、この2人の抜ける穴は、おいそれとは埋められるものではないだろう。

 戦力的に重要であり、チームメイト達とも良好な関係を築いているように見える彼らは、なぜ、浦安を離れるという決断を下したのか。

 ピヴォだけではなく、アラやフィクソでもプレーでき日本代表にもウニベルサーレとして招集される本石は、「どこにいても自分は脅威にならないといけない。どこでもやれる自信があるので、あとは最後のところ。最後のところをこじ開けて、抜いた後でもシュートを正確にゴールに仕留めること、もう少し相手を引きつけてパスを出すといった決定的な仕事をすることは、すごいまだ課題。雑な部分が自分にはあるから」と、さらなる成長へ強い意欲を見せる。

 今回の退団についても、「自分の成長を考えてのこと」と明言する。「自分のキャリアも、あと何年やれるか分からない。W杯を自分は本当に目標にしていて、そこで日本を勝たせる、日本を優勝させることを一番に考えて、逆算して自分のキャリアを進めたいと思っています。いろんな意見もありますが、自分の今後の成長のために次のところでも、成長するために毎日毎日努力したいと思っていますし、ここで学んだことはたくさんあることは事実です。クラブを離れることは寂しいですが、また自分の成長をこのクラブに見せられたらなと思っていますし、成長を試合で見せられるように頑張りたいなと思います」と、退団という決断に至った理由を語った。

 本石以上に驚きだったのが、イゴールの退団だ。46歳となった今も、リーグ屈指のセービング能力を見せるブラジル出身の元日本代表守護神は、一度、クラブとの面談をした際には、来シーズンも浦安でプレーする予定だったと明かした。

「まずは家族のことがあります。(クラブと)面談をしてから、奥さんといっぱい話をしました。奥さんは今、時短で仕事をしていますが、4月からはフルタイムで仕事をすることになりました。奥さんが帰ってくる時間が遅くなると、浦安の練習は夜なので、僕も家にいられなくなってしまいます。それに日本全国、時にはアジアへの出張も今後は多くなる予定です。そうすると子供の面倒を見ることができません。今まではすごく奥さんに頼っていたし、サポートしてもらっていました。でも、彼女も会社で出世できる可能性がありますし、僕も選手としてはあと1年か、どれだけできるかわからないので、家族の将来のことも考えましたし、彼女のサポートもしたかったので、クラブに退団の意思を伝えました」

 自身が現役を引退した後の家族のことも考えた末に下した決断だったというイゴールは、「気持ちとしては、まだまだ現役でプレーしたい。(どれだけ続けられるかは)1年ごとのパフォーマンス次第だと思っていますが、まだまだやりたい。これから話していきます」と、自身の生活環境に合致してプレーを続けられるクラブと、現役続行の道を探るために今後交渉をしていくという。

 新たな環境を求めた本石はもちろん、夜練習を終えてから自宅に帰るまで片道1時間半以上を擁していたため、帰宅が常に0時近かったというイゴールも、次のクラブの練習環境次第では、よりコンディションが整う可能性もある。彼らよりも心配なのは、2年連続でのタイトル獲得まであと一歩に迫った浦安だ。だが、茨木監督は悲観しているだけではなかった。

「戦力的に痛いか、痛くないかで言えば、それは皆さんがおっしゃるとおり、そりゃ痛いですよ。でも、これは僕が監督になった宿命というか、こうなるから神様が僕を監督にするように示してくれたのかと思います」と言い、その理由を説明した。

「というのは、ご存じの通り僕はずっとユースカテゴリーの監督をやっていました。毎年毎年、スーパースターの3年生達がいなくなっていくんです。いなくなることが分かっているので、『どうしよう』とならないように日々、考えながらやっていますが、大黒柱がいなくなっても1年でチームを作り直すことに関しては、他の人よりも長けている部分、経験が多い部分があると思うので。だからこそ、これは自分にだからこそ、降ってきたものなのかなと思って、運命だと思って受け入れてポジティブに捉えています。戦力的には、マジで痛いです。もちろん。マジで痛いですけど(笑)、僕自身は全然ネガティブに捉えていません。当然、彼らの決断も、いろいろあっての決断なので」と、より自身の色が濃くなるであろう2年目のトップチームでの指揮に前向きだった。

 2024−25シーズン、2025−26シーズンと日本フットサル界を牽引する好チームだった浦安。その主力、そしてクラブが異なる道を歩むなか、どのような変化を見せていくだろうか。

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